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PEAD設立に至るまでのストーリー

2019年房総半島のPEADボランティア

2026年1月30日

2026年1月21日開催の「PEADボランティア・ミートアップ」にて、代表・吉田がPEAD設立の原点となった災害現場での経験と、そこから生まれた想いについてお話ししました。

(吉田)まず初めに、PEAD設立のきっかけにもなった、災害の現場に入って最初に感じたことを話します。

2019年の令和元年房総半島台風の災害支援で、館山市に入った当時の話です。

2011年に今の会社を創業したので、3.11の東日本大震災の時は自分が生きるか死ぬかという状況で、何の支援もできませんでした。2019年は少し動ける余裕があったので、まず情報を集め始めてみましたが、情報収集コストが高いし、現地の状況把握が難しく、またスポンサー集めも大変でした。


次に実際に現場に行ってみると、さらに幾つもの課題を感じました。


●現場にしかない知恵、行政との連携の難しさ

物資の扱いも難しくて、例えばよく応急処置に使われる“ブルーシート”ですが、サイズも厚みも色々なものがあって、屋根修理に最適なサイズが決まっており、それ以外のものは「このサイズ要らない」「使えない」と言われたりします。また砂利などを積めて浸水対策に使う“土嚢”もUV対応じゃないとすぐにボロボロになってしまう。こういう“現場の知恵”はどこに蓄積されているんだろうか、という思いがありました。



さらに、現地の行政は複雑で(非常時で、連携や許可の情報が十分に共有されていないこともあり)物資を搬入していたら「誰の許可を取ってやっているのか」と確認されたりします。(実際にはみんな必死なので怒鳴られています笑)

これは他での経験ですが、縦割り行政の中で、こちらには許可を取っていても、あちらにいくと「面倒なのが来たな」みたいに見られたり(そもそもボランティアは地域のルールを知らない外から来た人達、背景がしっかりしていなければ良からぬことを考える人が紛れているかもしれず信用しにくいのも実情)、行政の中も思った以上に複雑だったりします。


●災害が想定されていない現場の実態

現地で驚いたのは、社協(社会福祉協議会 ※災害時にはボランティア窓口など災害支援を行うことが多い)は、普段は福祉を担う組織であり、必ずしも災害対応の専門組織ではないという点です。

館山はこの50年大規模災害がなかったため全く経験がなく、物資管理もPCではなくノートに記帳して行っていました。

災害経験のある地域では、有事には連携倉庫や物流会社を活用して受け入れ・仕分けを行いますが、経験がないと、社協前に物資が野ざらしで山積みになっている…なんて事態が起きるんです。



●公平性という制約

また行政の活動においては、“公平性”が特に重要視されます。これは例えですが、こっちでは水に困っている、あっちには紙オムツが足りないという状況で、それぞれに配る分の物資があったとしても、全体に配れる分量を確保するまで配布できない、ということがあり得ます。

自衛隊なども同様で、例えば道路修復の任務があって、道すがら目の前で「家が壊れているから助けて」と言われても、1軒だけ助けるのは公平性に欠けるため、道路修復なら道路修復だけしかできないという判断になります。行政にとっては“公平性”が制約となってしまうんです。


●現場の現実、館山で起きたこと

「今夜雨が降る」と言われて、物資を一刻も早く配ってほしいと住民が集まってきました。

整列するでもなく物資の周りでざわざわとし始める中、「ちょっと持っていくね」と1人が持ち出したのをきっかけに混乱が生じ、言い方は悪いですが奪い合いというか略奪みたいになってしまいました。

正直かなりショックでした、生活がかかる切迫した状況では、誰もが余裕を失いやすいという現実でした。同時に、行政側も経験が十分でない中で対応しており、仕組みとしての課題が残っていると感じました。


●仕組みづくりの必要性

だからこそ、平時からの訓練が重要です。加えて、認定ボランティアを育成し迅速に大量に派遣できる様にすること、行政との包括的な連携により信頼関係を構築すること、そして公平性に縛られずに個別を助けられる民間支援には大きな意味があります。“偏ったやり方”も含めて、こうした要素を組み合わせた仕組みが必要であり、その考えからこのプラットフォームを設立しました。

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